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偽者だと言うことがワタシの意見です。
なぜなら、日記の内容を読めば分かるからです。
倍率ドン!さらに二倍!
こんな短い日記を書くのが、どうも本人とは思えないのです。
ま、退屈しのぎというか、話題にはなりますかね。
大橋巨泉さんの概要
(wikiより)
早稲田大学政治経済学部新聞学科を中退。
アテネフランセで外国語(英語)を学ぶ。
後に「早大を中退したタレントは出世する」という伝説の奔りとなった。
当時ブームだった、
早稲田大学の学生時代からモダンジャズ・コンサートの司会者として活躍。
1960年代〜1980年代にかけ、夜11時台の成人向けバラエティ番組「11PM」(日本TV)や、クイズ番組「クイズダービー」(TBS)の司会で名を馳せる。
「野球は巨人、司会は巨泉」のキャッチフレーズ通り、
競馬や野球の評論でも活躍し、ニッポン放送の競馬中継「大橋巨泉の責任プロデュース 日曜競馬ニッポン」のメインパーソナリティーも務めた。
その後、1990年に「55歳になったし、司会業は長くやるものではない」と
TV、ラヂオの全てのレギュラー番組を降板。
メディア業界から「セミリタイア」した。
1973年、カナダのバンクーバーに「オーケーギフトショップ」を開店して事業家の道に転進。その後、バンフとナイアガラにも店舗を展開。さらに、オーストラリアのゴールドコーストとケアンズ、ニュージーランドのオークランドとクライストチャーチの7店舗まで拡大。湾岸戦争や同時多発テロ事件などの影響があったものの、ここでしか買えない限定の商品があったり、店員に日本語が通じるなどの面で評判が良く、軌道に乗っている。ちなみに、スーパーマーケットのOKストアとは関係ない。
競馬評論家としても積極的に活動していた。
調教を見ないで予想することから、書斎派の筆頭格であった。1988年に絶筆した。
セミリタイア」は巨泉が出演中の全番組を降板する際の記者会見で使った現し方で、
完全に芸能の世界・放送界と縁を切る「リタイア」ではないことを強調したものである。
なお巨泉は50歳にはセミリタイアをする人生設計を描いていたが、各方面からの慰留もあり仕事を継続した。
(実際、セミリタイアとは、経済的な自由を掴み、社会から解放される言葉としてよく用いられる)
菅直人幹事長(当時)が滞在中のロサンゼルスを訪れて出馬を依頼。
これを受け、民主党から参議院議員選挙の比例代表候補として立候補し、当選した。
党との意見の違いにより、
「日本の民主党がこれほどまでに反民主的な集団とは思わなかった」と、
わずか6ヶ月で辞職。ツルネン・マルテイが繰り上げて当選。
辞職会見のときには、旧社会党系の民主党議員や社民党の議員が辞職する大橋を止めようと説得する場面があった
(この時は、辻元清美や福島瑞穂などの議員もいた)。
比例代表で当選した議員が、その党の路線への不満を理由に、
辞職することについて各方面から批判された。
当時、官房長官だった福田康夫は会見で「職場放棄だ」と表す。
現在は、11月から翌年4月までオーストラリアとニュージーランドに、6月から9月までカナダに滞在し、経営するギフトショップの管理をしながら、ゴルフを楽しむなど悠々自適の生活を送っている。
日本に滞在するのは5月と9月から10月末までの約3ヶ月間だけで、
この期間だけ、バラエティ番組にゲスト出演するなどしている。
店舗経営の利益もあり、
豪奢な生活を送るための資金に困ることはないと見られる。
外国がとても好きなようだが、以前出演したTV番組で、寿司を食べてビールを飲んでご満悦のご様子で「日本人(にっぽんじん)でよかった」とコメントする一面も。
…俗にいう大富豪なんですね…!・・・ranking
TVにでなくった人物は消えた、と言われて忘れられているお話が殆どです。
しかし、TVというプライバシー性の低い環境で人生の3/2を過ごした芸能人には、
彼のような現在の生活が、ふさわしいというか、快適なのでしょうね。
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